宗教

2011年3月10日 (木)

ヘラトリ第19号 「ヤハウェ、エホバ、アラーの正体を突き止める」を読み解く

世界の目を醒ますヘラトリ・トピックス …メル友北海道(北海道正心館)

2011-03.08火
ヘラトリ第19号 「ヤハウェ、エホバ、アラーの正体を突き止める」を読み解く

 
 こんにちは。2月最後の七の日参拝に、ようこそお越しくださいました。今月から精舎御法話で、『ヤハウェ、エホバ、アラーの正体を突き止める』という霊言が始まりまして、このお三方を呼び出したら、どんな方々がお出ましになるのか、ということで収録してくださいました。それがなんと、超メガトン級の内容だったのですが、どういう意味でメガトン級かといいますと、日本人にはちょっとピンと来ないかもしれませんが、「聖書の民」にとっては絶句するような、とてもインパクトの強い霊言になっていると思います。これを聴かれたアメリカ在住の日本人の友人に、「想定される反応はいかに」と聞いてみたところ、確かに「ナルホド」と思われることがありました。このご法話は、まだあまり注目されていませんが、長い目で見ますと、かなり強烈な方の部類に入る御法話かと思います。というのも、これから10年間の世界情勢を考えますと、大きなポイントは2つあります。一つは、「中国を自由主義国家の国に、仲間入りさせることがに出来るのか」ということで、それと「幸福の科学の真理が広がっていく」ということがパラレルに(平行して)進んでいく、というテーマですね。もう一つは、最近の御法話でも取り上げられていますが、「ハルマゲドン(終末の最終戦争)が、果たして、中東の地で、「核戦争」という形で起きるのか」という問題です。
 
 イランの核兵器の完成が、しばらく前まで、「2014年頃ではないか」と言われていたのですが、一部国内でも報道されたとおり、イスラエルとアメリカが組んで、ソフトを開発して、イランのウラン濃縮工場のコンピューターに侵入して、そこのプログラムを破壊してしまったらしいのですね。それによって、「概ね2年から2年半、核開発が遅れることになった」と報道されていました。それでも、延びたといっても2年半ですから、先方(イラン)に「完成させる」という明確な意志があれば、時間の前後はあっても、完成に向かいます。
 
 また、『教育の法』セミナーの冒頭でもおっしゃっていましたが、今後、イスラムの主流派であるスンニ派中心のエジプト、シリア、サウジアラビアという、イスラエルを取り囲む3国家が、シーア派国家のイランが核武装した場合、別の意味でその3国も、やはり核武装することが予想されますので、結果としてその核は、イスラエルにも向けられることになり、イスラエルは、3方向から完全に核包囲されることになるだろうと。軍事的には、これは「チェックメイト」、つまり、チェスで言う「勝負あった」という状態になりますので、イスラエルがそれに対して、「座して死を待つ」ようなことをするとは思われないわけです。その前に「先制攻撃に出るあろう」と言われています。(現に1981年、イスラエルは、イラクの核施設完成を目前にして、先制爆撃を仕掛けて、これを潰しました。)
 
 ですから、イランの核兵器完成が技術的に延びたとしても、2016年あたりには、こういう事態が起きることは、今のままいけば予想されるわけです。これをなんとか政治的に解決しようと、アメリカ(民主党政権)なども努力しているところですが、根本的には、当然のことながら、宗教対立が問題の本質です。
 
 先般の『教育の法』セミナーでおっしゃっていましたが、今、世の中では、「エジプトを始めとするイスラム世界が民主化に向かって動き出した」と喜び勇んで、もてはやすように取り上げられていますし、また、その先陣を切っているのがオバマ大統領であるようにも見えるので、「オバマの見識が浅い」ともおっしゃっていました。要するに、独裁国家が崩れて民主化しても、有権者がイスラム原理主義などの影響を受けている限り、独裁者の代わりに国会の議決で、(核)戦争が始まるだけなので、「独裁国家なのか、民主主義国家なのか」という形式の問題だけで判断してはいけない、ということを仰っているわけです。それを見抜いたメディアは、日本国内にはまだありません。
 
 根本的解決は、「啓蒙(伝道)による宗教対立の解消」なのですが、いかんせん、時間が足りません。となると、リンカーンなどの霊人がおっしゃっているとおり、アメリカ(イスラエル)とイスラムの間の仲裁ができるポテンシャルを持っているのは、今、世界で日本しかないので、“主導権を発揮せよ”と督促されています。以上述べたように、このままいくと中東情勢は、かなり危険な流れに入っていくと思われます
 
                ヤーウェ、登場!
 従って、この10年ほどは、政治プロセスも少なからず駆使して、中東の核戦争の危機を回避していく努力がなされると思いますが、それにしても、その努力に迫力と裏付けが出てくるためには、ユダヤ・キリスト教世界(アメリカ)とイスラム教の世界の両方に、ある程度、伝道と啓蒙が進んでいくことが必要になります。そうなってくると、当会の世界伝道の根拠のところが問われてくるわけですね。
 
 根本のところで、幸福の科学は何を言っているかというと、「全ての宗教の根源に、エル・カンターレがいる」ということを言っています。キリスト教の源においても、イエスが父と呼んだのはエル・カンターレであり、イスラム教の源においても、取りあえず今までは、「アラーというのは、(エル・カンターレの下にある)40人くらいの指導霊団の総称のことを指しており、アラーはよく、自らのことを「我々」という複数形で呼んでいた」と主張してきました。
 
 ユダヤ教においても、「"我はありてある者"(I am that I am)と創世記の中で語った創造主は、エル・カンターレである」と、ハワイの"Be Positve"の中で述べられました。「この3つの宗教の源には、エル・カンターレが居り、これが、諸宗教を統合し、平和に導く存在である」と、あっさり言っているのですが、言われた側の立場から考えてみると、これは恐ろしいことではあります。恐ろしいことではありますが、私達もそろそろ、逃げも隠れもせずに、これをはっきり言っていく時期が近づいてきているのを、今回の「霊言」は教えてくれます。そして、「その主張には、確かに霊的実態としての根拠があるのだ」というのを証明したのが、今回の「霊言」になるわけです。
 
 これから、ご法話の内容に少し触れますけれども、その基礎知識として、旧約の神の名前について、少し説明をしたいと思います。ヤーウェというのは、本来、「その名を語ってはいけない神様」ということになっています。文字としては、英語表記でYHVH、母音が一切無い神聖文字、子音しかない、わざとそういう表記になっています。旧約聖書では、創造主になっていて、「果たしてこれが真実なのか?」というのが今日のテーマでもあります。そして、この神聖文字の間に、母音を想定して呼んだ名前が、「エホバ」になり、一応、ヤーウェとは同一の神様ということになっているのですが、実はよくわかりません。というのも、創造主といわれていながら、やたら嫉妬したり、人を殺したり、イナゴの大群を発生させたり、川を血で染めたり、いささか品性を疑われる言動が多く、「これが新約聖書の神(イエスの父)と同一の神様なのか?」というのは、キリスト教研究の歴史の中でも、長らくテーマであり続けました。そして、アラーについては、ご存じのとおり、「コーラン」の中で、「私」(単数形)で登場したり、「我々」(複数形)で登場したりする不思議さが、残っていました。それでは、内容にはいります。
 

 まず、ヤーウェが招霊されたのですが、最近登場した何人かのインドの神様ほど極端ではありませんでしたが、かなりユニークな登場の仕方をされました。まず質問者が、「エローヒムのことは、ご存知ですか?」と尋ねたところ、「よくわからない。一人のような気もするし、何人もいるような気もする。自分の敵になったり、味方になったりする、節操のない怪しげな神様だ」と答えていました。次に、「エル・カンターレは知っていますか?」と尋ねると、「確か、ニューヨークにいるユダヤ人が、エル・カンターレと言っていたのを聞いたことがある」と面白いことを言っていました。おそらく、ニューヨークの信者さんが伝道された方がいたのか、ユダヤ人同士でエル・カンターレという名前を語っているのを天上界から見ていたのか、いずれにせよ、とても面白いエピソードです。さらに、「あなたはどなた(神様)の指導を受けているのですか?」と尋ねたところ、怒り出しまして、「なんと失礼なことを言うのだ!我以外に神なし!」と言い放ったんですね。これで正体が明らかになりました。「我以外に神なし」と言い切ったのはこの神様だったわけです。「エジプトの神は偽ものであって、私のみが正しいのだ。私を指導する神様なんているわけがない、けしからん!」と怒りだしました。その後で、「我は憎むものであり、妬むものである」とも言いました。大体これで、ヤーウェの名の下に語られている言葉の、どの部分が、ここで登場した「ヤーウェ」という存在によって語られたかが、分かってきます。今の部分が、“この”存在が語ったところです。それ以外の部分で、別の色合いのする言葉は、別の神様が語ったということも、推定がつきます。別の神様はまた後ほど出てきます。
 
 ハワイでの説法『Be Positive』の中で、旧約聖書の「出エジプト記」の中でモーセに対して、『I am that I am.(我は在りて在るもの)』と語られた、その言葉の真の意味 についてお話をされていますが(後ほど触れます)、これを受けて質問者が、「これを仰ったのはあなた様でしょうか?」と尋ねると、「そんなことを言った覚えはない」「モーセに啓示を降ろしたのは誰か知らないが、わしはそんなことは言っていないし、それは他の神の言葉だろう」と答えているのです。これによって、旧約聖書が編纂された段階で、ヤーウェという名を主語にして語られた言葉の中で、いわゆる、ここで登場してくるヤーウェと、それ以外のものが混ざっているのがわかってきます。「それでは、あなたはモーセに対して何を言ったのですか?」と尋ねると、「モーセに対しては偶像崇拝を禁じよと言った」と。これは「『黄金の法』講義」にありましたが、「エジプトが偶像(神像)崇拝をしていたので、それに対するアンチテーゼとして禁じた」とありましたね。モーセがシナイ山から降りてきて、怒りまくって大勢の人を殺した時に、「牡牛の神様の像をたくさん作ってあったのを全部壊した」、その指示を降ろしたのは自分だとも言っていました。それから、「私を信じない者はいくら殺してもいい」とも。大体これで見当がついてきますね。
 
 キリスト教が広がっていったときに、聖書というのは、新約聖書はイエスの言葉ですが、旧約聖書と一緒になって広められていきました。そうすると、なんとなく旧約に載っている神様が、元なる神様というイメージが出来上がってきます。もちろん、イエスへの信仰が立ってくるのはいいのですが、それ以外の部分がヤーウェへの信仰へと流れてきて、「それで私は一定の力を持つことができたのだ」とまでストレートな言い方はしていませんでしたが、そういうニュアンスのことを言っていました。「この頭の良さで、まんまと成功したのだ」というニュアンスでしょうか。似たような話は、最近もありましたね(笑)。
 
              ヤーウェとエンリルの関係は?
 その後、ヤーウェに対して、「イスラム教はいかがですか?」と尋ねたら、「あんなのは牛の糞(ふん)だ」、「ムハンマドは、インチキ半分にイスラム教を作り上げた」と。その後、「それでは、ムハンマドに啓示を送られたのではないのですか?」と尋ねました。これは古い会員さんならご存知かと思いますが、『アラーの大警告』という本が昔ありまして、絶版になりましたけれども、これは高橋信次という霊が、一応9次元霊と認定されているエンリルの7次元における分霊なのですが、その霊が、「自分は、旧約聖書の一番偉い神ヤーウェであって、かつ、イスラム教の唯一神アラーでもあって、要するに全部、私なのだ」と言っていたことがあったのですね。絶版になっていますが、一応これを念頭において、改めて質問したわけです。それで、その答えは、「ムハンマドに啓示を送るわけないだろうが!」「牛の糞のような宗教に、なぜ私が啓示を降ろすことがあるのか!」「あんなのはクズだ!」と一蹴していました。ここまで言い放っているところを見ると、「この神様が主として指導しているのであれば、やはり戦争が起きそうだな」という感じがします。さらに「エンリルはご存知ですか?」と尋ねると、「う~ん、名前は知っているけれども、わしじゃないよ」「もう一つ上の神様の部下だろう?」という面白い答えをしていました。(「私は誰かの部下になるような神ではない」と、言いたげでした。)
 
 旧約聖書は、ご覧になればわかるのですが、最初に『創世記』があり、7日間で天地を作られたという記述があります。それから、モーセが生まれて、「出エジプト」までをつづった「モーセ五書」というのがあります。「モーセが、ヤーウェは天地創造の神であると(まんまと)書いてくれたので、まことに可愛い奴である」と、モーセのおかげで随分自分が偉くなったと褒めています。
 
そして、ここからなのですが、モーセは3200年前に生まれていますが、自分は、さらにその1000年前に生まれている」と言っています。その中で、「自分は、ユダヤの最初の族長(民族の始祖)アブラハムだった」と語っています。モーセ五書の中で、モーセが「ヤーウェから受け取った」として語っている言葉の中に、自分の言葉がないわけではないけれども、「基本的には、「モーセ五書」の中に出てくるヤーウェとして語っているのは、自分ではないと思う」と言っているわけですね。段々、皮が剥ける(むける)ように、正体がわかってきます。
 
次にミカエルについて尋ねました。この趣旨は、ミカエルの霊言を幾つか録ったときに、「私はイスラエルの守護神で、イスラム教を撲滅するのが仕事だ」と言っていたことによります。それに関しては、「まあ、ユダヤ人として生まれたことがあるからね。こういう、「一神教の側に立って邪教を倒す」ということを生きがいにしている神様もいるから。ああいう人は、各民族にいるんだよ」とした上で、「ユダヤに生まれて、エルサレムに愛着があって、守りたいって言っているんじゃなの」ということで、「別に連携しているわけではない」という感じでした。結構、神様の世界も、勝手にやっているところがあるという感じがします。
 
 そして最後に、「第二次世界大戦にかかわることもやっていた」とポロっと言いました。「ヒトラーと戦ったチャーチルですか?」と聞いたら、「チャーチルの前に生まれて、チャーチルを動かした、ユダヤ人であり政治家である」と。「ヤーウェの霊言」ではここでまでですが、最後の先生のコメントの中で、「これに該当するのは、ディズレーリくらいしかいないな」とおっしゃっていました。19世紀後半、大英帝国全盛の時代に二大政治家が出ていまして、進歩派(自由党)がグラッドストーンで、保守系の方がディズレーリです。アフリカの植民地化を激しく進めた人でもあります。
 
 そして、「今は何をしているのか」と尋ねたところ、「アメリカに行って、ユダヤ資本を動かし、政治家やマスコミを突いて、"イランが核兵器を作っているから先制攻撃したい"と、アメリカの世論を動かそうとしている」と答えていました。大体これで、ヤーウェの一つの側面が見えてきたと思います。
 
               エホバの正体!
 次に、エホバが招霊されたら、なんと、ゼウスが出てきました。「あなたはヤーウェですか?」と聞いたら、「私はヤーウェとは違う。ゼウスの分霊だ」と答えました。「魂の兄弟と言ってもいいかもしれない」と。ゼウスはいろいろな顔を持っていて、祟り神の部分と、芸術の神の部分などありますが、「その祟り神の部分が、分霊化して現れてきたのが私だ」と言っていました。「なぜ、イスラエルに生まれてきたのか」という問いに対して、「自分亡きあと、ギリシャは衰退してきて、逆にヘルメスの流れを汲んだエジプトの方が興隆してきた。それに対抗するために、今度は、エジプトの隣のイスラエルに出てきたのだが、そのエジプトと、カナン(イスラエル)の地の元々のアラブ先住民族の両方から挟み撃ちにあってしまい、思うようには発展させることができなかったのだ」と言っていました。「“I am that I am.”と言ったのはあなたですか?」と尋ねたところ、「自分ではない。私はエリヤが、カルメル山上でバール信仰の僧侶達と戦った(霊能力合戦をやった)ときに、火の玉が降らせて、相手側の300人の僧侶を殲滅した、その逸話が旧約聖書に残っているが、その雷を落としたのが私だ」と言っていました。「エローヒムを知っているか」と尋ねたところ、「ヘルメスのことだろう?知っているよ。ヘルメスには、ちょっと仕返しをしたのだ」と、非常に面白い言い方をしていました。「後世、ギリシャ神話の中で、ヘルメスをゼウスの子供にしてしまったので、ヘルメスからも、ちょっと、お仕置きがあったのだ」という趣旨の話もしていました。
 
 ヤーウェについては、「ヤーウェは、ユダヤ民族のことしか考えていないが、私はもう少し地球レベルで考えている」と言っています。その一例として、その場では名前は特定されませんでしたが、他の箇所のゼウスの霊言で出てきた、「イギリスに、シェークスピアとして生まれたことがある」という話をしつつ、「自分は、「小国に生まれてその国を大きくする」ということをやっていて、たとえば、ギリシャもそうだったし、イギリスも、当時は小国だったのを勃興させた。そういう文明実験として、イスラエルに生まれたのだけれども、うまくいかなかったのだ」とのことでした。そして、重要な点として、「今のイスラエルは指導していない」とのことだそうです。 最後に、ミカエルについて聞いたところ、「ミカエルは、アメリカに生まれているんじゃないの?」という返答に、一同びっくり。「あぁ、もう亡くなっているかもしれないね。現代のアメリカの政治家だよ」と。ここで霊言は終わっています。その後、あちらこちらから、「誰ですか?」「○○ですか?」との問い合わせが、私のところに沢山ありまして、ミカエルの霊言の内容と、その人の言動や考え方を比較し、霊的な要素を考慮に入れると、おおよそ検討はつきますが、これはやはり、主がおっしゃるべき内容かと思いますので、(それだけ、現代のアメリカにとっては、重みのある答え)、ここではコメントは控えさせていただきます。
 
           エンリルは、9次元霊なのか?
 最後にアラーについて。(ここでは始めに、「エロヒム意識が総裁先生にかかってくる」という不思議な現象のメカニズムについて、「宇宙人リーディング」を例にとりながら、説明がありましたが、レジメの方では省略します。)
 
 最初にアラーが言った言葉は、「アラーとは、エローヒムのことなんだよ。エローヒムがあの時代に、アラビア語でアラーと名乗ったのだ」ということでした。「『創世記』の中の天地創造の箇所で、ヤーウェの名の下に語られたことの中に、かなり混同がある」というのです。あれは元々、メソポタミア地方(エロヒムのホームグラウンド)の神話で、(これは、宗教学の方では常識。19世紀末のドイツの考古学者の発掘によって、確認された。天空神アヌ(エル・カンターレの分霊)を中心とした物語)、それをモーセ等が旧約聖書に取り入れて、創世神話を作ったのですが、そのことを指して、「だから、元々、エローヒムやアルファの考え方が入っていたんだね」というわけです。この神話自体が、エロヒムの世界の話で、エロヒムに起源があるわけです。そして、「“I am that I am”と語ったのは、オフェアリスだ」と、さらっと語られました。
 
 その後、いい質問が出まして、「(エル・カンターレ系は多神教的なはずなのに)、アラーは一神教的なことを説いていますね」という質問に対して、アラーの答えは、「"至高神か唯一神か"と言っても、結局、"『神様』と『神様以下』の境界線をどこで引くか"の違いだけなんだ」というわけです。「ほぉ~っ!」と、うなりました。日本神道のように、6次元と5次元の間に神様の境界線が引かれた?場合には、八百万(やおよろず)の神々がいることになるし、7次元と8次元の間に境界線を引けば、500人くらいの神様がいることになるし、9次元以上が神様と決めれば、10人しかいないことになるし、もっと厳しい基準を適用して、厳密には、『主への祈り』講義にもありますように、「9次元霊といっても、本当は、主エル・カンターレの下、地球系霊団に入れてもらって、修行をさせていただいている身なんだ」ということになれば、神様は一人しかいなくなるわけです。
 
 今のインドでも、現在、先生が巡錫に行かれてますが、先般、『ヒンドゥーの神々』の霊言で、質問者が、「ネクタイを外させられて、土下座させられて、あやうくサリーを着させられそうになり、最後は、坊主頭にさせられる寸前だった」と思いますが、両手にナイフを持って、「お前のことを食べたい」だの、「生贄(いけにえ)にしてやる」だの、それはそれは、凄い世界が展開していましたが、「ああいうのを見ると、一度イノベーション起こして、インド宗教界の建て直し(お掃除)がいるので、インドには、新しい一神教が必要だと思う」と、エローヒム(アラー)はおっしゃっていました。
 
 また、「エンリルとは誰ですか?」と質問をしたところ、「(アラーではない。)高橋信次霊の騙り(かたり)だよ」とおっしゃって、「無視した方がよい」とのことでした。さらには、「実は、エンリルが9次元霊だという分類も、あやしい」とされた上で、「エンリルは魔法界だと言ってますが、魔法界の神様のトップは、オフェアリスであり、ヘルメスであるんでね」「(コーランにも出てきますが)、ジンという砂漠の魔法使いの神様がいますが、(ディズニーの映画「アラビアンナイト」に出てくる「魔法のランプに閉じ込められていた"ジーニ"の語源に当たる)、これがエンリルの正体だろう」と、おっしゃっていました。
 
 最後に、「一番最初に出てこられたヤハウェとは誰ですか?」と聞きましたら、「エジプトに滅ぼされた、アフリカのエチオピアあたりの小さな神様じゃないか」「今で言えば、失脚寸前のリビアのカダフィ大佐みたいなもんだよ」と、軽く一蹴されました。 これを踏まえて、総括をしてみたいと思います。
  
 
 それでは、今までのポイントを整理してみます。いわゆる旧約聖書の世界でヤーウェと呼ばれる存在は、天地創造の神であって、偉大なる神というイメージがあるのですが、その中には、色々な神様の言動が混在していて、たとえば、エローヒム的なものもあれば、ゼウス的なものもあるけれども、何かと今問題になっている、戦争の原因や宗教上の対立を生んでいるもの、つまり、「どうして宗教同士が戦争をするのだ?」という一神教的な対立、言葉を換えれば、「唯物論の側からの宗教に対する反論の根拠」を与えてしまっているのは、主として、「今日の最初に登場したヤーウェである」ということです。要するに、民族主義的な、“自分以外は信じるな”とか“他宗の人間は殺してもよい”というような言葉を旧約聖書に残した神は、「正確にはエチオピア辺りの小さな神様や、初代族長のアブラハムを過去世にもった存在であった」ということです。
 
 これに関して、エローヒムが最後に言ったのは、「イスラエルは今、人口1千数百万人程度の国であって、当時で言っても都市国家の中の一つくらいの規模であり、この程度の国を治める神様というのは、当時でも、あちらこちらに沢山いた」ということです。「今風に解釈したら、タリバンの神様みたいなものであり、あるいは、直近の話題に即して言えば、前述したように、リビアのカダフィー大佐みたいなものだ」と。「もし現代に生まれ変わって仕事をしたとしたら、カダフィー大佐のように映るでしょう」ということでした。
 
 一方、ヤーウェの言葉の中で、本質的、普遍的な部分を取り出してみると、ハワイでの説法“Be Positive”の中で仰っていた、“ I am that I am.”はどういう意味かというと、ハワイでは、3点に分けて説明してくださいましたね。まず、"I am the being."~ 「私は存在そのものである」と。そして、"I am the origin."~「私は、魂やあらゆる存在全ての起源であり、源である」と。「全てが私から分かれて生まれた」という意味です。3つ目が、"I am the origin of love."~「 私は愛の起源、愛の源である」と。「この世に満ちている愛はどこから来るのかというと、私、エローヒムから来ているのである」、とモーセに伝えたのが、"I am that I am"の意味なのだと、教えて下さいました。
 
 これを見ると、本当に、「本質的」で「普遍的」な教えが説かれたのがよくわかりますが、こういう「本質的」なことを後世に伝えたのは、カダフィ大佐のようなヤーウェではなく、オフェアリス、つまりエル・カンターレだったのです。そして、ユダヤ教の一番の核心の部分、コアの部分は、エル・カンターレが語り、エル・カンターレから流れてきたのです。つまり、信仰の対象は、本当はエル・カンターレであった(少なくとも「エル・カンターレであるべきであった」、そして、『黄金の法』の言葉を借りれば、「モーセの悟りの未熟さがなければ、それは実現できることだった」)ということを教えて下さっているのですね。
 
 ポイントの二つ目、アラーとは誰か。それは、エローヒムであり、つまりエル・カンターレであったということです。これが今回、明確になりました。今までは約40人の指導霊団を総称してアラーと呼ぶことが多いと言われていましたが、勿論そういう面もありますが、(アラーの)存在の本質は、エローヒムであり、エル・カンターレであったということです。確かに、私もかつて、アフリカの友人からこのように尋ねられたことがあります。「エル・カンターレの説明をするときに、"アラー"という言葉を使ってもよいか」と。キリスト教の創造主について説明するときに、(寛容な)イスラム教徒は、"アラー"という言葉をそれに当てます。ですから、同じようにイスラム教的背景を持った人達に、「エル・カンターレの説明として、アラーという言葉を使ってもいいか?」と聞いてきたわけですね。その時は、その質問の持つ深い意味を今ほどよく理解していませんでしたが、今、この「霊言」を拝聴してみると、改めてよくわかります。なぜ彼が、私にそういう質問をして、本部講師である私に「使ってもいいよ」と言って欲しかったのかが、よくわかります。
 
 一年前のマレーシアでの出来事ですが、マレーシアというのは、主としてイスラム教国ではありますが、一定の信教の自由がある中、キリスト教の創造主に対して、「アラー」の名称を使用することを、実質的には長らく許容してきたのですね。(これは、一般的なイスラム教国では、今でもそうです。)ところが、一年前に(宗教)高等裁判所が、「マレー語の記述において、キリスト教の創造主を"アラー"と呼ぶことを認める」という判決を改めて出したところ、これが、イスラム原理主義者の間で大きな問題となって、ある種の騒動のようなことが起きたことがありました。「騒いでいるのは一部のイスラム教徒だけだ」という見方もありましたが、課題も見えてきました。いずれにせよ、「アラーとは、エローヒムのことである」という言葉は、「これから大変重要な意味を持ってくる」というのが、おわかり頂けると思います。
 
 そして、最後のポイントは、「キリスト教のイエスの父は、エル・カンターレである」ということです。つまり、「イスラム教の源・アラーはエローヒム、つまりエル・カンターレ」であり、「ユダヤ教の造物主、いわゆるヤーウェの教えの中核の部分の発信源は誰かというと、オフェアリス、すなわちエル・カンターレ」であり、「キリスト教のイエスの父も、エル・カンターレ」であるということです。
 
 これによって、世界の3大宗教、4大宗教の源は、すべてエル・カンターレであり、「信仰が向かっていく対象は、エル・カンターレであった」ということも、お分かりいただけたと思います。日本に住んでいますと、こういう内容も、何となく世界史の授業を受けている位の感覚で取ってしまうかと思いますが、実は、一歩日本の外に出ると、根源的なテーマになってきて、本当に腹を据えて取りかからないといけないテーマになってくるのですね。今まで一番分かりづらかったのは、ユダヤ教のところだったと思いますが、今回、これで明らかになってまいりました。
 
 今日は、やや世界宗教史的な、重厚な中身だったかと思いますが、この部分が、今後10年、20年、本格的に世界伝道していく上で、大きく問われてくると思います。今回は「霊言」という形で明らかになりましたが、いずれもう一段、二段と、このテーマは、先生によって鮮明にされていくと思います。是非、この「霊言」を拝聴されますことを心よりお勧めいたします。 本日は、どうもありがとうございました。
 
以 上

 
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2010年10月14日 (木)

大川隆法 大講演会「宗教の復活」

先日、大川隆法 大講演会「宗教の復活」が開催されました。

2010-10.11月・祝 開演13:30~
本会場: 愛知県体育館
衛星中継会場(3400ケ所): 全国,全世界の精舎・支部・拠点・衛星布教所

「奄美のアマミちゃんお気楽ブログ」さん、よく公表して下さいました。
感謝致します。
そのブログから転載します。 
 
奄美のアマミちゃんお気楽ブログ

「宗教の復活」大川隆法先生2010-10.11 2010-10.12
 
日本全国の皆さま、世界で聞いておられる皆様こんにちは。

今日は愛知県体育館で比較的大きな講演会が出来ます事を、またいい天気にも恵まれましたことをとてもうれしく思います。

今日のテーマは「宗教の復活」ということです。大きなテーマでもありますし、今、私の願うところ、幸福の科学の願うところを率直に述べるということでもあります。私たちの使命はこの20数年間の活動の中において、毎年毎年重くなってきていると考えます。

最初は小さな範囲の活動でしたが、今は日本全国は当然視野の中に入っておりますと同時に、世界にも目が向いております。

今から20数年前に、正確に言えば活動を始めたのは1986年ですから、24年前ということですけど、世界の人々の幸福に対して責任を持ちたいと思うまでは、志は届いてなかったと思います。

しかし今は違います。日本全国の皆さま、そして、全世界の皆様に対してメッセージを伝え、未来の幸福への道を指し示すことこそ、私たちの(後世への?)使命であると考えております。

この24年間の活動の中において常に正しさとは何かということを考え続けてまいりました。

その時点での世間の常識とか、その時点での文化とか、人々の多数の考え方、そういうものにとらわれることなく、正しいと信じることを言っていました。

時代はゆっくり後からついてきたかというように感じられます。むしろ、この国において責任を持つ言論を、主張することができる人が数少ないという状態においては、自ら喜んでリスクを持って発言しないといけないと思います。

さらに申し上げれば、この国の国民に対して責任を持ってるはずの政治家が、選挙で当選することを目的とするために本音を語ることができず、世論に迎合してオピ…に陥ってることに対し大変残念に思います。

マスコミ主導型の政治に間違いがあると指摘して来ましたけど、最近では考え方が変わってきて、マスコミが悪いと言ってるだけでは解決しないと感じるようになりました。

そのもとにあるもの、人間の考え方そのものを変えるように努力し、正しさとは何かを訴えないと使命を果たしてないんだと感じるようになりました。

マスコミが与える影響は大きいけど、根本は価値判断だと思います。その価値判断のもとにあるのは何が正しいかということだと思うんです。何が正しいかということは過去は振り返ったらわからないわけではないですが、現在ただ今、未来に関して、何が正しいかを断言するのはとてもとても難しいことであろうと思います。その意味において、マスコミを責めるつもりはありません。

これは政治家が本来の使命を果たせてないなら宗教家がやはり先陣を切って責任をとり、使命を果たすことを考えております。何が言いたいかというのが少しずつお分かりになってると思いますけど、今日は日本3400か所で、衛星を見ておられます。海外にも伝えられてるので世界数十カ国聞いておられる人がいます。その中では私たちが言うことを素直に聞ける方、若干立場が違うと感じられる方もあろうと思います。

しかしこれから私が述べることは日本においての国師としての立場の意見です。国師大川隆法、何も恐れることなく正しいことを述べるつもりです。

それが、日本一国のためでないことを明言すべく、国師のみならずワールドティーチャーとして、世界教師の立場で、世界はこういう方向へ向かって行くべきだと述べていきたい。

その中では一部の国家の中の現在の政治において、やや反対に聞こえる場合もあるかもしれません。しかし私が言うことはそれぞれの国の人が幸福の未来を求める権利があるということを原理として話すということを思う次第であります。

まず直近の話から申し上げます。

非常に時事的問題でありますけど、最近では尖閣列島の問題が日本でも話題になってますし、諸外国からも注目を受けております。国土の領有権の問題ですね。もちろん国土の領域をめぐっての紛争は各地であるから、よくある話を取り上げて大きい話にするのは問題ありますが、問題にするのは尖閣で起きた漁船の拿捕、船長の逮捕、検察庁による取り調べということが起きてる段階の中で、日中間で摩擦が起きたことの分析をひとつ、宗教家の立場でいうべきかという風に考えております。

私たちが問題としているのは、単に漁船の活動や、漁業権の問題ではありません。もっと大きな問題です。人類の未来をどう設計するかということにかかわっているということです。ここ2,3年言い続けてますけど、超大国のアメリカが様々な経済問題、世界での軍事活動の結果、衰退あるいは自分たちの国の使命を後退させてるように見えます。そういう中において、一方アジアで中国が超大国としてのし上がってきて、世界史の表舞台でスーパースターになるべき主役が代わるかどうか、分岐点に立ってると思います。その中で日本が何ができるか、何を成すべきかが大きな問題だと思います。

先ほど中国では初めてノルウェーのノーベル賞委員会から(ノーベル平和賞に)政治思想家の劉氏が受賞いたしました。政府により投獄され11年も経っているそうです。彼の主張している内容は、共産党の独裁が宜しくない。もう少し複数の政党で民主主義的にしようというのが、自由な国に還るべきだと主張したことが、反逆罪に当たる革命的行動に当たると称し、刑務所に入れられた。

ノルウェーが判断間違えてはいけない、中国の圧力に屈してはいけないということで、中国では犯罪者に当たる人に賞を与えたと言っていた。実際劉氏の受賞を伝えるテレビで、日本の国営放送であるNHKのニュース、およびアメリカのCNNニュースでノーベル平和賞を伝えるニュースが突然ブラックアウトし、真っ暗になって国民に知らせないということが起きています。

知らせるべきニュースでありましょうけど、知らせない事件が起きました。

これを見て尖閣と結びつけると、まだまだ日本のマスコミや民主党政権与党、財界も甘い考えを持っていたとよくわかります。経済的繁栄を求めてる国だからもう同じ土俵に立ったと理解してたんじゃないかと思いますが、まだ一党独裁国が厳然として隣国に存在するとわかりました。本質は北朝鮮と中国が変わらないと思います。ノーベル平和委員会も言っていましたけど、中国も大国になったのだから大国の義務がある。批判を受ける義務がある。大きな国は周りに対して影響を与えるのだから批判を受ける義務があると言った。勇気ある方どうだったと思います。中国にとっては内政干渉、西側の押しつけという反発を成されてるんだと思います。

日本という国においても考えてみても同じような問題があると思います。日本国民に対して真正面から「あなたは宗教を信じてますか」ということを問いかけたら「信じてます」と正面から返せる人は30%くらいだろうと言われている。70%くらいの人は信じてませんという。

習俗として、文化のレベルとして、正月に神社にお参りに行くとか、お盆にお墓参りに行くことがあっても、宗教を信じてるということではない。

…であるとするなら日本の国民においても多数決を取ったら宗教的ではない意見が多数を占めるということを意味している。それがどういうことかというと、何らかの価値判断、何が正しいかということ。要するに人間をこえた世界、神や仏の世界において正しさがあってそれに向かって努力すべきだという考えを多数が持ってないということを意味している。

30%は信じても、結論としては常識として、神仏は信じない、あの世は認めない、宗教認めないという考えが多数を占めてるなら、それは政治においても教育においてもマスコミにおいても、多数が支持するということ。

この意味において日本の発展繁栄が外見的にあるように見えても、中国のものとそう大きく変わらないかもしれないと考えなければならないと思うんですね。人間心をこえた正しさあると思えば人は謙虚になり、そのこの世の勢力構想や戦いをこえて永遠不変的正しさを求める崇高な心を持ち続けること出来るけど、なければこの世において長いものにまかれろ・・・通訳の方難しいですね。

強い者に弱い者は従う方が幸福だと考える、得になるという考えが当たり前の世の中になる。勇気を持って提言し世の中を変えようとする人が少なくなっていくと思う。現状できた政府、法律とかを乗り越えて未来社会を作るために行動する、勇気の行動するためにはこの世を超えた価値観を持たないと勇気は出てこないんです。

日本であれば150年近い前、吉田松陰という人がいて、アメリカからペリーの黒船艦隊がやってきた時、単独で船に乗り込んで、他の条件も加わって死刑になりました。今は尊敬されてますけど、吉田松陰が船に乗り込んでアメリカを見てこようとしたことに何の間違いがあったでしょうか。

明治において明治維新で龍馬は人気があるけど、土佐藩、高知県を脱藩して、脱藩浪人として日本の新しい国造りに活躍したけど、脱藩したのは犯罪だとして追いかけられる。おかしいでしょう。

今から考えたらおかしいけど、その時はそうだった。

経済もそう、後から見たらおかしいことにどう見てもおかしい考え方にとらわれてることが相当あると知らないといけない。その中から未来を拓いていくのは、勇気ある一部の方々である。勇気ある方々は地上を超えた霊天上界、仏、神の心を心としてやらなければこの世での常識や法律の力を乗り越えて、行動するのは難しいだろうと思うんですね。

私は日本国憲法が制定された時、日本国が再び戦争に巻き込まれることがないように平和国家を目指したのは尊いと思います。しかしながら日本国憲法制定時においては日本一国は侵略的な国家であって1億人総ざんげ、総反省で作られ、日本以外の、世界は平和を愛するいい国、日本だけ懺悔という感じで作られた憲法だと思います。

現実には北朝鮮を見たら国民は軍事、独裁によって経済的にも圧迫され、不当な人権障害(?)おきて、国から立ち去る人が後を絶たない。日本人拉致したのにそれを取り返すことさえできない。

それを何も恥じることがない。無法状態。国内法でしか考えてない。世界の国際法通用しない国家であるとよくわかった。日本の首相以下残念ながらきちんとした意志を貫けなかったのは残念でしたね。

今の政府が唱えている地方分権という考え方を外交の責任を欠いた、責任逃れるために、沖縄の那覇の地方の検察庁の一部役所の出先機関に判断を任せて政府は関係してないと言っていましたけど、卑怯です。外交は国家の中枢で責任を持って判断すべきであって、地方で責任を負うべきという考えは卑怯な考えだと思います。

米軍基地も移転するかどうか、県外に移転するかどうか、知事選でも問われるけど、沖縄の民意で判断してもらって、その結果を見て国が考えると言ってるけど、こういう形での考えは基本的には卑怯。自分たちが責任を取らない体制を意味しています。地方の責任、官僚の責任にしてるけど、自分たちの責任取らないとこ、非常に問題が大きい。

国家の行方、方向性は民主党だけでなく、自民党の時からその傾向は始まっていたと思います。二大政党だけで民意が判断できる、反映できるとは考えられない。憲法改正など通らない。

世の中簡単に受け入れないけど、平和を愛する諸国民に囲まれてるというのが前提。

平和を愛する諸国民でないとはっきり断定できる国、はっきり言えば北朝鮮みたいに核開発し、国民を弾圧し、威嚇してくるところに対しては九条の適応を外してもよいと判断すべきかと思います。

中国においても平和的友好りに、経済交流、発展し、友達として友情が結べることが平和だと思うけど、国民の大多数は共産党政権の弾圧下にあって、自由にものが言えないということが明らかになったと思います。

根本にあるのは自由な考え方、価値観。時の政府の反対をする批判を聞く耳を持つという態度を国家が持てるかどうかが大国の条件の一つだと思う。いろんな批判を受けて改革すべきはする。伸ばすとこは伸ばす。大きな会社でも同じ。そういうやり方だと思うんですね。私は中国の方、平和賞をもらわれたこと、ノーベル委員会の人は勇気ある。波乱が起きること、中国の反発をうけることは当然予想してたと思うけど、国民が受賞したことを、喜びを一つのきっかけにしてほしい。

世界の未来を見る時の不安定要素が、中国という国がどっちに向いているかにかかっている。

この国が本当に平和と世界の繁栄と調和に行くなら世界は明るい方に輝くけど、数十年遅れの帝国主義を追求するなら世界は大変な時代を迎える可能性があると申している。

ヒトラーの時代にもドイツの力を誇示する時代があった。周りの国は勢いに押されてヒトラーが近くを占領しても融和政策をしてたら、大戦が起きた。そうしたことにならないように中国の方々にも自由、民主主義、繁栄主義へ導いていこうと努力して、決意してほしい。そうした努力を惜しんではならないと思う。

その根拠にあるのはやはりこれが、信教の自由だと思うんです。宗教を信じる心だと思うんです。

この世の人過ちを犯す。一時期間違った政治理念が、国、いろんな地域を覆うことがあります。

常に神仏の目を常に維持をすることで必ず世界は変わってくる。中国の民衆も底流には信仰心が流れていると思うんです。仏教国であったはず。儒教、道教、老荘思想もある。尊敬する念は民衆の間に深く流れていると思う。それが抑えられている。なぜか。統治に便利、政治において、一元化にすることで押さえる、人々を抑え込むのに便利ということ・・・十数億の人の幸福を守るということと比較した時に考え方を柔軟にした時に道が開けると思う。中国が覇権主義に走ってるというのは世界的にそう見られている今こそ進路を変えるべきだと思う。

経済的発展されました。しかしながら、軍事予算拡大に費やして、地方に貧しい人がたくさんいるのにそちらへの配慮をしないで、ただ軍事に向かって行くのは良くない。

これはワールドティーチャーとしての言葉です。

世界教師として言います。それは正しいことではありません。農村で、電気、道路通ってない所がある。住処を持ってない人がたくさんいるんです。

予算はある。軍事に使ってるけど、最終的に幸福への道につながらない。アジア、アフリカの諸国が怯える時代がやってくると思います。13億になる人が資源、エネルギー確保するために軍事的な拡張主義を取ってきたら怖いです。イナゴの大群と言いますか、イナゴのように移動していくようになる。

そういう意味でも日本という国はアジアの中において、アジアの諸国やアフリカ諸国に代わって、ちゃんとものを言える国にならないといけない。意見をはっきり言える国にならないといけないと思います。今アメリカと決別すべきときじゃないと思います。力を合わせて世界の正しい秩序、人類が幸福になる道に導いて行くことが仕事だと思うんです。

そのもとになるのは自由に考えを述べることができる世の中にする。言論によって投獄されたり死刑にされたりする国ではなく、その方向に世界を導いて行くことが大事です。その国に住む、国の人たちの幸福のためにそのほうがよいと言っています。

日本は信仰心30%しかない国だけど、少なくとも鳩山首相、菅首相、2代続けて首相をガンガン批判してるけど、投獄されてません。その意味ではここはいい国です。その分は進んでると思います。

ここが中国なら刑務所に入ってる。2年も入ってる。言える国だからまだ進んでるけど、まだ足りない。

未来を指し示す国にまだ足りない。近隣アジア、アメリカにおいても静かな革命を起こしています。

仏法真理という名の真理を浸透させることによって常識を覆そうとしている。本来の世界に返そうとしています。本来の世界に導いていこうとするものあり、その方向に道があるから明示しようとしています。この衛星は一部中国にも入ってる。あるいは私が映っている画面が真っ暗になってるかもしれませんけど、どうか中国の皆さん、大川隆法の意見を聞いてください。日本の利益のためだけに言ってるんじゃありませんから。アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカの人のためにも言ってるんです。

世界を平和と発展繁栄のために導きたいと言っている。ジンギスハンの再来なんか必要ない。

覇権主義やめて、もう少し民主主義の考え方を統治の原理に、政治の原理にいれて、政府批判も許すようにして、大国の条件を備えて、日本と対等に話せるようにしようじゃありませんか。

戦争のない時代を作りたいんですよ。このままなら反作用が起きます。核兵器を持った大国がその武力で資源争奪のため、アフリカに圧力をかけ、ヨーロッパやアメリカに対しても支配を強めようとしたら何かが起こりますよ。

ロシア、北朝鮮、中国、イランこうしたとこが魔(?)となって新しい火種が起きようとしている。

第3次大戦の目が出来ようとしてるんです。なんとしても防がないとならないんです。中国に軍事拡張やめ、覇権主義やめ、またこうした核による周りの国への威嚇を止める方向に、世界に対して大きく舵を取ることを発表していただきたい。そういう風になっていただきたいんです。

中国国民のためになることだし、そうしなければ日本は世界を守るためにも、もっと自立した国にならなければいけないし、九条の適応というのは、国民を弾圧し他国を侵略するものには、九条廃止の判断をするしかない。そういう方向に導きたくないけれど、今出てくる預言書に、未来に対して厳しい警告が出ている。警告が正しかったことは明らかになってきました。来年以降もっとはっきりわかってくる。民主主義をきちんと理解していない。

・・・2週間論戦しました。菅と小沢、外交の論戦は全くありませんでした。逃げてました。そうなったら、その中から自分たちを責められることが出てくるから。経済利益大きくするために取引拡大を考えてるかもしれないけど、最初に言いましたようにノーベル賞を出したのと同じ。経済的利益のために正しさを捻じ曲げてはいけないということをはっきり確認しないといけない。

その意味において正しいことは正しいと言い続けなければならないし、日本も万一の時にはアジア、アフリカの防波堤になるべくはっきり主張しないといけない。

かつて日本・・侵略されたというかもしれない。侵略されたという国家であるならばこそ、侵略国家にならないと宣言すべきだと思います。過去300万以上の犠牲を出して、アジア、アフリカにおけるヨーロッパの植民地無くなった。彼らが独立できたという事実は、その事実は日本人として言わないといけない。黄色人種は白色人種に勝てないという、白人優越神話があったために支配されてたものが、独立できるようになりました。黄色人でも帝国主義で侵略できるということがあってはならない。

日本が過去を反省するならば同じことをしてはならないということを言うべき立場にあると思います。北朝鮮も核武装をやめ韓国と仲良く交渉できる平和国家になってほしいと思います。

キムジョンウンもディズニーランドに来たと言うじゃありませんか。ディズニーランドに来たかったら来たらいいんです。堂々と来れるようにしなさいよ。日本は不当に逮捕して死刑にしたりしませんから。

平和的国家として・・・  中国を日本人はこわがってる。麻薬を密輸したら死刑に出来るようになってるので、こっそりポケットに入れられたら死刑に出来る。ビジネスマンは怖がっている。左翼批判をしている人も怖がっています。あっという間に捕まる。

言論の自由を守りましょう。そのもとは信教の自由です。内心の自由から表現、行動の自由は生まれています。内心の自由は実は神仏を信じる自由です。信教の自由なくして内心の自由はありません。

心の中で自由に神、仏を信じることが出来なければ、・・・・行動の自由も出版の自由も守れますか。

これが宗教の復活が必要である意味だと思うんです。ですから私は戦いをやめません。

幸福の科学の仏法真理を広げたいと強く強く願う者です。

日本全国で聞いておられる皆さん。世界各地世界各地数十カ国で聞いている皆さん。

私の本心を理解してください。ワールドティーチャーとして私は言い続けます。

世界の未来を拓くために正しいことは正しいと言い続けます。

批判するならどうぞ。しかし私は信念を決して曲げません。

それが幸福の科学です。

私たちの考え方に賛同してくれる人が増えることを心より願います。

ありがとうございました。

 

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2010年5月31日 (月)

大川隆法総裁大講演会「宗教立国への道」

2010-05.30(日)13:30~14:15
会場:神戸ワールド記念ホール(神戸ポートアイランド
会場聴衆:約5000人
全世界3500箇所に同時衛星中継
テキスト:宗教立国の精神

なぜ、国家には宗教が必要なのか?
なぜ、宗教が政治に進出するのか?

この講演会に出席しました。
話の内容は、とてもスケールが大きかったです。

オーパさんのブログ

☆大川隆法総裁『宗教立国への道』 2010/5/30 神戸ワールド記念ホール

 
みなさん、こんにちは。
神戸は、1989、1990年と行いましたが20年が経ったのかと感無量であります。
この20年間、世の為、人の為、皆さまの幸福のために法輪を転じることができたのかと自問自答しておりました。

数多くの試練に耐えて、現在まで生き延び、成長して参りました。
私自身も毎年成長することを目指してやってまいりました。

国師と名乗って、様々なことを提言しており、努力精進し、経験不足のところは多いのですけれどもやらなければならない時期に来たと思います。
多くの人の魂を救うということをやってきました。
その道筋の先に、もっと多くのことをやらなければならないと感じています。

自殺キャンペーンでもそうです。
ここ数年、幸福の科学では自殺者を減らそうキャンペーンを続けているが、日本では3万人以上の自殺者が出続けています。
やってもやっても自殺者は減らず、これは思想だけでは救えないとつくづく感じています。
現実の政治の仕組み、国家の運営がまずければ、救えない命もある
のだということも知りました。
この世の大きな枠組も変えていかなければならない時期が来ているし、我らにその大きな使命が下っていると感じています。
宗教としてはいささか分を超えた戦いであるとは思っているが、願いはこの国に一本、精神的柱を立てたいという気持ちを持っています。
1億3000万の国民がいて、世界のリーダーとなるべき使命を担っておりながら、その使命を十分に果たすことができないでいる現状を見るにつけても、私たちは一人一人の魂の救済を今後とも続けていくことを強く確認すると同時に、それを超えて国家のレベルで正しい方向へと人々を導いてゆかねばならないと念ずるものです。

国は一人でおこり一人で滅びると言うが、国家のリーダーというものは非常に大事です。
国家のリーダーをつくる運動の一つが、政治的な活動でもあります。
その日本の政治的活動が、数合わせに終わっている現状に悲しみを禁じ得ません。

この国の国家のリーダーが、この国の行方を指し示すことができず、また全世界の中においてこの国が果たすべき役割が一体何であるかということを理解していないこの現状に、涙を禁じ得ません。
憂えているのみではない。物事はその都度的確に判断を加えていくつもりであります。

鳩山総理は最近になっていろいろと悩み苦しみ、結果、日本の外交防衛政策について決断を出した。その決断はよい決断であったと思っている。
それは日米関係を維持するという方向において、そしてこの国の国民を将来的に安全の中におくという判断において、正しい判断をされたと思います。
しかしながら、その判断はすでに去年できたはずの判断でもあったはずです。
一国の総理が9カ月もかかってこの結論に達したのかということについて、日本に住む者の一人として、その判断力と指導力の稚拙さに無念の思いを抱かざるを得ません。
結論は最初から見えていたのです。
自ら作って迷走し、多くの人々を混乱の中に巻き込んだのです。
物事は良く考え、先を見なければならないとつくづく思います。

今大事なことをもう一つ述べておかねばならない思います。

長期化する不況の中で、どうやって景気を回復するか考えなければいけない。
単にこの世的な発展繁栄のみに終わってはならないという観点があります。
この世的な発展繁栄には、人々の心を本当に幸福にし、魂を高めるものもあるが、その反面、唯物論や無神論の考えもあります。
なぜ人間がこの世に生まれ、生き、死んでいくのか。
この世の使命とはいったい何であるのか。
人がこの世に生まれてきたのは、一人自分自身のためではありません。。
自分自身の経験を積み、知識を増やし、豊かさを享受するためだけにこの世に生まれてきたのではないのです。
同時代にこの日本に、あるいはこの地球に生まれたということは、同じ時代において共に生きる者として魂を磨き合って、もう一段高い精神的なあり方を求めよということであるのです。

その一つは愛の実践です。
抽象的に聞こえるかもしれませんが、朝起きたその時から愛を与える側か、奪う側かの一秒一秒の積み重ねで成り立っているのです。
2万日から3万日を経て、人生全体を形作っているのです。
与える側の人間と奪う側の人間との差は、人生航路のなかで、どんどん開いてまいります。

私は、自助努力の精神を説いております。
自らの努力と知恵を日々高めていきなさい。愛を与える存在となる事はできるのです。
自助努力せず、怠惰な、与えられる側の人間を多数つくったならば、やがて来るのは国の衰退です。
日本はその危機に立っているのです。
自国の国民のみならず、世界の人々も幸福にできるところまでも続けていこうとしているのです。

努力精進し、発展を願うならば先は光に照らされたものになるでしょう。
しかし、もう自分自身の幸福は充分である、パイの取り合いは充分である、外国が発展しないことをもってして幸福というようなことであれば、悲しいことであります。

私は、新しいことを説いているわけではなく、伝統的なことも説いているのです。
日本の国に今大切なことはもう一段の高い世界があると知ることです。
人間の世界を超えた世界、次元を超えた世界、神仏が存在する、高級霊、天使とか指導霊とか、そういう存在があり、導かれていて、謙虚に努力精進していくことが求められているのです。

現代の人々は、神のごとく知恵を持ったのかもしれませんし、科学、医学、など神の領域に入ったのかもしれません。

忘れてはならないのは、それが何であろうとも基本的な問いを問わなばならない。
常に問いたいことは、真理とは何か。
何が真理、真実であるのか。
この問いに一生問い続けなければいけないのです。

経験、社会的ななかにおいて何が真実であるか。
何が真理であるか、同時に何が正しいか。
価値を問い続ける人生であるかということです。

そのなかで、何を選び取るかが問われているのです。
真理とはなんであるか。
何が正しいか。
正義とは何であるかということです。

我々が目指すものは不滅の正義の樹立です。
我々が問いつつ活動を続けていること、それはこの世を超えたものであり、この世的な活動ではありません。

書店には霊言集が次々と出ています。
かつての偉人たちが霊言を送って、未来の人類のありかたを指し示しています。
個性を持って証明しているのです。
未来社会の構築において正しさとは何かを教えてくれているのです。
個性は様々ですが、幸福な方向へ導きたいと思っているのです。

私たちにはこの数年間数多くの人々を救うために、経済、教育改革、政治にも参画しようとしています。
それは大きなエネルギーを必要とするのです。
この世界の未来を照らす光が必要なのです。
未来について、意見、見識が述べられなければいけないのです。
この日本において、最も大切なことが、価値判断の尺度、判断の基準が宗教の仕事であり、政治活動、教育活動などに転化していくものであると思っています。

私の願いは、あくまで遠くまで見ています。
テキストの『宗教立国の精神』に志が書いてあります。
「『幸福実現党の目指すもの』
この国の政治に一本、精神的主柱を立てたい。
これが私のかねてからの願いである。
精神的主柱がなければ、国家は漂流し、
無告の民は、不幸のどん底へと突き落とされる。
この国の国民の未来を照らす光となりたい。
暗黒の夜に、不安におののいている世界の人々への、
灯台に光となりたい。
国を豊かにし、邪悪なるものに負けない。
不滅の正義をうち立てたい。
人々を真なる幸福の実現へと導いていきたい。
この国に生まれ、この時代に生まれてよかったと、
人々が心の底から喜べるような世界を創りたい。
ユートピア創りの戦いは、まだ始まったばかりである。
しかし、この戦いに終わりはない。
果てしない未来へ、はるかなる無限遠点を目指して、
私たちの戦いは続いていくだろう。」

これに私は政党を立てた気持ちが込められています。
この戦いに終わりはないのです。
この地上に具現化していくのが、政治、教育などの活動であります。
切り開いていくということを強く強く願っています。

この国にせっかく下生し、この国の人々を導くチャンスがあるなら、なんとしても日本を没落の危機から救いたいのです。
この国が深い海の底へ沈んでいくのを、座して見ていることは到底できません。
たとえどのような批判を受けようとも、やはり言うべきことは言う。
これが神仏にかわりてこの地上に降りたる者の責任であるのです。

本日の講演会も5000人だけではない、全世界の人が聴いています。
この日本に起きていることは世界に発信され、世界国家の指針となろうとしているのです。
まず、ますべきことを為さねばならない。
冒頭で沖縄のことも述べました。

沖縄の皆さんには迷惑をかけたことと思いますが、今私たちが立ち向かわなければならない課題は2つです。

1つは、東アジアにおいて最後の冷戦が、この極東アジアで終わるかどうかというところにきています。
私はこの冷戦を終わらせ、世界の人々を同じ土俵で土台で話し合いができるような世界に変えていきたいのです。
北朝鮮問題、もう終わらそうじゃありませんか、皆さん。一体もうこの問題、20年ぐらい引きずっているはずです。
北朝鮮の問題を解決しなければいけない。
苦しんでいるのは北朝鮮の国民だって苦しんでいるんです。
価値観の相違によって憎しみが生まれ不信感が生まれ、そこから戦争が生まれるなら、その価値観を共有すべく、この思想を述べ伝えることによって平和を樹立しなければならないのです。
北朝鮮の99%の国民はもっと幸福になりたいと思っているのです。
仮想敵国としてあの国を見るのではなく、かの国の人たちも自由に日本にこられてディズニーランドで遊んでいける日が来ることを願っています。
戦争前夜の様相を呈しているが、何とか憎しみを乗り越えて平和の樹立へと向かってほしいのです。

中国に対しても、政治的には共産主義の一党独裁を維持しています。
これ以上その体制を続けることは13億の国民を苦しめるということを率直に認め、価値観の転換をはかるべきです。
今この国が自由民主主義の大国へと大きく舵を切れば、次の大きな世界戦争は起きないのです。
だからそちらの方向へ導いていきたい。
できれば私が生きている間に、この冷戦は終わらせたいんです。

二つ目は宗教の違いです。
ユダヤ教とイスラム教の相互理解の無さにより、憎しみ苦しみが続いています。
価値判断を間違えば200から300年間続いていくことになるでしょう。
世界が神の下に融合され、平和へと導いていくことを目指しています。
宗教がその使命を果たしているとは言えない。
儀式や形式的な様々な違いはありましょう。
神なる存在があるのなら、何を願っているか考えていただきたいのです。
憎しみや戦争、などではないはずです。
無神論や唯物論を願ってはいないんです。
正しい、願いを望んでいるんです。

私が幸福実現党を立てたのは、小さな利益団体をつくるということではないのです。
この国の没落から国民を救い、全世界の人々に幸福への道しるべを指し示すためなのです。
幸福実現党を応援してくださる方々の声はまだ小さいかもしれないが、とても心強く感じています。

私はスピーカーにしか過ぎないかもしれない。
私は声として伝えるしかないのです。
思想としてあなた方に訴えかける以外に方法はないんです。
しかしながら、言葉として皆さま方が、その足で、その手で、その口で、その目で、日々の活動の中で人を愛し幸福にするという活動を実践していくならば、世の中は毎日、毎月、毎年変わり続けていきます。
そして単に日本を救うという小さな目標で終わってはならず、世界の未来を指し示すことが最終目標です。

自民党も民主党も超えています。
はるか千年、二千年の源流でありたい。
勇気の原動力でありたい。
私の心底からの願いであり、多次元、高次元の願いであります。
一人ひとりに掛かっているのです。
神の声として聞こえるなら、幸福の生産者として活動の一員に加わっていただきたい。
それが私の願いです。

 
[講話のポイント]

Happiness Letter174〔宗教立国への道〕より抜粋

 
☆この国に一本、精神的支柱を立てたい。1億3千万人の国民がいて、世界のリーダーとなるべき使命を担っておりながら、現状は、その使命を十分に果たせないでいる。

☆一国は一人によって興り、一人によって滅ぶ。鳩山総理の決断は、日米同盟の維持、国民の安全という点において正しいが、9ヶ月もかかって、この結論に達した判断力☆指導力の稚拙さに無念の思いを抱かざるを得ない。

☆今、「自助努力」の精神を説いている。自助努力せず、怠惰に生き、他から与えられることのみを願う人間を多数つくったならば、社会や国家に来るものは「衰退」である。日本は今、その岐路に立っている。

☆国民の多くが、自国のみならず、世界の人々をも幸福にするところまで努力精進を続けることを願うならば、日本の未来はまだまだ明るい。

☆『幸福実現党の目指すもの』に政党を立てた志を述べた。この国が深い海の底へ沈んでいくのを座して見ていることは到底できない。たとえどのような批判を受けようとも、言うべきことは言う。

今、我々が立ち向かわなければならない課題は2つ

1つ目は
☆中国、北朝鮮に共産主義体制が残っている。この「最後の冷戦」を終わらせ、世界の人々が同じ土俵で話し合える世界に変えていきたい。

☆北朝鮮問題で苦しんでいるのは日本や近隣諸国だけではなく、北朝鮮の国民も同じ。中国も一党独裁で13億の民を苦しめている。

☆今、中国が自由と民主主義国家へと舵を切るならば、世界は大きく平和へと前進し、次の大きな世界戦争は起きない。その方向へと導いていきたい。

2つ目は
☆キリスト教、ユダヤ教圏対イスラム教圏の、宗教の相互理解の欠如による戦争と怒り、憎しみが続いている。

☆今、私は、宗教の違いを乗り越え、世界が一つの神の名、思想の下に融合し、平和への道を開くことを目指している。

 
☆私が幸福実現党を立党したのは、小さな利益団体を作るためではない。この国の没落から国民を救い、全世界の人々に幸福への道標を指し示すためである。

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2010年4月27日 (火)

幸福実現党総裁決死の覚悟

幸福実現党もようやく産経などで取り上げてくれるようになりました。
この記事は、マスコミ取材の記事ではありませんが、
実際、ご法話に参加されたと思われる方の報告記事です。


ブログ「大宇宙未来

幸福実現党総裁決死の覚悟


政治と宗教の大統合
そろそろ始めないといけませんね。宇宙や霊言など忙しくいろいろやっていましたが、始動します
今日は、政治と宗教の大統合というテーマです。世間では嫌がるテーマですが、幸福の科学は平気です。昨年2009年、国難選挙と訴えて衆議院選挙を330人以上の候補者を立てて幸福実現党は戦いました。その結果、民主党政権が出来て、今年になって国難になりました。
幸福の科学は、マクロの予言は外れないのです。民主党は選挙で勝った時点で70%以上あった支持率が現在20%台に落ちています。幸福実現党は、頭が良すぎて先が見えるのが難点です。
世間は、一年後の今になって国難で大騒ぎしています。
今、この国の壁は、宗教を裏側にし、政治を表と考えている価値観です。既成概念が壁を作っているのです。壁のもう一つは、宗教家は政治の素人で政治家はプロという考えです。
しかし、私、大川隆法は、1年半前にリーマンショックで100年に一度の大不況が襲い、大恐慌になると世間が騒いでいた時に、一人だけで絶対に世界恐慌は来ないと言い切りました。
今、予言するなら、民主党政権が続くなら10年以上日本は不況が続くということです。
もう一つの危機は、民主党政権が続くなら日本は中華大帝国に組み込まれる、中華大帝国の属国になるということです。
今の、日本の民主党政権は、左翼社会主義、全体主義国家に向かっています。これは国民の自由の死を意味します。今後、日本は国家としての地獄がありえるということです。
地獄国家の始まりは、凶悪な人に見えない凡庸な政治家が始めるのです。
そのような凡人が権力を持つと大きな悪となるのです。
ナチスドイツのヒットラー、ゲッペルス、ハイヒマンは、ユダヤ人を600万人もガス室に送り虐殺しました。戦後、逮捕された600万人も殺したハイヒマンは、役所の職員のような凡庸で普通の人だったと裁判を執行した人々が驚いていたのです。
このような全体主義唯物論国家は、集合想念によって、国家が丸ごと悪霊に乗っ取られているような状態です。悪霊国家とは、例えば北朝鮮のような国です。クロッシングという映画で描かれていますが、国民が脱出したい国です。この北から脱出を助けているのが、キリスト教の支援団体です。人権抑圧軍事国家の国民を助けるのは宗教しかない状態です。全体主義に対抗するのは宗教しかないのです。全体主義になるのは、宗教性が無くなっているからです。
唯物論の考えで行くと、この世の権力者が、人々を機械のように扱い圧制をし、言うことを聞かない人間は粛清といって皆殺しにするのです。
去年、民主党が、チェンジと言って無血革命をしたと言いましたが、この先に日本の民主党が日本人を売り、第二の無血革命が起きて中華大帝国に併合されて日本が無くなるというシナリオです。
中国は、日本の領海侵犯をして堂々と潜水艦や軍艦を沖ノ鳥島周辺で威圧活動をしています。
これは日本を試しているのです。アメリカも攻撃できません。日本はコンニャクの様な国と想われていて、骨も骨格も無いので舐めきっています。日本を乗っ取って、中華大帝国の金庫にしたいのです。これに対して幸福実現党は、日本の政治家に精神棒を一発入れます。
腰抜けの政治家に精神棒を入れるのが宗教の役割です。
宗教の使命は、腰抜けの政治家に精神棒を入れて背骨と骨格を作ることです。
日本は、聖徳太子の時代に大改革を行ないました。
国体そのものを変えたのです。これは先見性がありました。
聖徳太子の憲法には仏教精神を入れ、民主主義的な精神も入っています。
当時、ローマにキリスト教を入れたように、日本に仏教を入れ中身を入れかえて先進国入りを果たしたのです。これから明治維新の仕上げをします。くらげのような日本に骨格を与えるのが宗教の使命です。新しい未来を創るための骨格を作り、日本と世界の自由と繁栄を守るのです。
その国から国民が逃げ出す国は悪い国なのです。
アメリカから逃げ出す国民はいませんが、北朝鮮から逃げる国民は多いのです。結果はもう決まっています。
神も人々の幸せを考えている国を応援しているのです。
人々を苦しめている国は悪魔に支配された国なのです。
今の鳩山民主党は、左翼の亡霊に支配された政権です。
左翼唯物論、左翼民主党は神仏の心からかけ離れた考え方です。
友愛といっても犬を愛さなければならないと言った徳川綱吉のように人間が犬のために死罪になるような政治は間違っているのです。
価値観が間違っていると、政治も間違うのです。それを正すのが宗教です。要するに神仏を信じていないからそうなるのです。
私、大川隆法は、この日本国を植民地には絶対させない。
日本人が、ドイツで殺されたユダヤ人や北朝鮮の収容所に送られた人々やモーゼの出エジプト時代のイスラエルの民のようにならないために戦わなければならないのです。
幸福実現党は、他の宗教を信じている人々のためにも戦います。
現に、自民党が公明党と連立を組んでいても幸福の科学は自民党を応援しました。私達はそのくらいの度量はあるのです。
丸山真男の霊言も最近致しましたが、安保闘争のリーダー的役割をしていた方です。
未だに、死後、自分の死を自覚していません。
1996年に死にましたが、思考停止し、その病院で自縛霊になっているのです。
情けない姿です。
これが左翼唯物論者の最後の姿です。

☆石川悦男新党首あいさつ
皆様には3つの選択が用意されています。
1.諸行無常と受け止める。
2.海外に逃亡する。
3.この危機を最大のチャンスと捉え新しい国を創る。
目標の設定
2015年までに、国会議員を400から500名つくる。過半数か4分の3以上つくる。
時間設定がないと目標が達成できない。
蟻の一穴、ダムも蟻の一穴で壊すことが出来る。そのため今年、参議院選挙で一穴あける。

☆大川隆法総裁先生命をかけた全国ご巡錫
5月3日川崎文化会館14時から全国行脚出発される。川崎2000人収容の会場を埋め尽くす。

総裁先生は、5月から一ヶ月に20箇所を回られる。

5月3日川崎、4日千葉、5日埼玉、6日広島、7日静岡、8日?
9日?11日東京日比谷12日徳島、15日長野
16日東京、18日岡山、19日多治見、20日愛知、22日北海道、
23日?25日?26日?27日京都、28日?29日?30日神戸

6月2日から栃木、福島、茨城、群馬、山口、熊本、石川、富山、19日20日沖縄、24支部、29日愛知、大阪、広島、
7月横浜アリーナ

 

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